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どうでもいいことを報告するスレ
916  名無しさん   2013/03/31(Sun) 09:40
5:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/03/30(土) 03:35:30.42 ID:DoarxnlG0
テレビも日本人じゃなかったっけ?

14:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/03/30(土) 03:36:58.68 ID:zQle8VqK0
>>5
高柳健次郎か?意見がわかれるかもな


高柳 健次郎
テレビの父と呼ばれる。
1926年(大正15年)12月25日、浜松高工にてブラウン管による電送・受像を世界で初めて成功した。
送像側に機械式のニプコー円板と受像側に電子式のブラウン管を用いて、片仮名の「イ」の文字を送受像した。
走査線の数は40本だった。「イ」の字はいろは順の最初の文字として選んだ。

http://livedoor.4.blogimg.jp/himasoku123/imgs/4/f/4fd7de3a.jpg

テレビ
1843年 - スコットランドのアレクサンダー・ベイン、静止画像を走査し電気信号に変換して、電送する装置を開発
1873年 - イギリスで明暗を電気の強弱に変えて遠方に伝えるテレビジョンの開発が始まる。
1875年 - アメリカのジョージ・ケリー、並列式の機械走査の概念を提案。
1877年 - アメリカのウィリアム・ソーヤー、直列式の機械走査の概念を提案。
1884年 - ドイツのポール・ニプコー、直列式の機械走査を実現する「ニプコー円板」の発明。
1896年 - イタリアのグリエルモ・マルコーニが電磁波を使って、3km離れた地点間でモールス信号の無線通信実験に成功
1897年 - ドイツのフェルディナント・ブラウン、テレビの受像管に用いる陰極線管であるブラウン管の発明。
1907年 - ロシアのボリス・ロージング、ブラウン管によるテレビ受像機を考案し特許出願。
1908年 - イギリスのキャンベル・スウィントン、撮像側にも陰極線管を使った電子式走査法の概念を
科学雑誌Natureに発表。全電子式テレビジョンを示唆。
1911年 - ボリス・ロージング、世界で初めてブラウン管を用いたテレビの送受信実験を公開。
撮像に機械式のニプコー円板と受像に電子式のブラウン管を用いた。簡単な図形の輪郭の受像に成功。
しかし実用レベルの受像に至るには、映像を電気信号に変換する光電管や、
その信号を増幅する真空管の発達を待たねばならなかった。
1923年 - アメリカへ亡命したロシアのウラジミール・ツヴォルキン、電子走査式撮像管アイコノスコープを考案し特許出願。
1925年 - スコットランドのジョン・ロジー・ベアード、機械式テレビの開発。
撮像と受像に機械式のニプコー円板を用いた。見分けられる程度の人間の顔を送受信することに成功。
1926年、ジョン・ロジー・ベアード、ロンドンの王立研究所で動く物体の送受信の公開実験に成功。
同年12月25日 - 浜松高等工業学校の高柳健次郎が電子式テレビ受像機(ブラウン管テレビ)の開発。
撮像に機械式のニプコー円板を、受像に電子式のブラウン管を用いた。「イ」の字を表示させる。
1927年 - アメリカのフィロ・ファーンズワース、電子式テレビ撮像機の開発。
電子走査式の撮像管「イメージディセクタ」による映像撮影に成功。ブラウン管に「$$」を表示。
同年、撮像・受像の全電子化が達成される。


385:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/03/30(土) 05:37:32.01 ID:9AM77b7t0
ニプコー円板、ブラウン管つくったのはドイツ人
世界で一番始めに送受信を成功させたのはロシア人(ちなみにブラウン管テレビの特許持ってる人)
動く物を送受信させたのはスコットランド人
高柳が造ったのは電子式のブラウン管テレビ
例の埋もれずアレンジ得意な日本人でしたって落ち
sage  pre  等幅 書き込み後もこのスレッドに留まる
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